茅場町から千葉に引越ししてくる時に、
トラックの荷台から自転車がはみ出してしまいました。
無理に積んだら壊れそうです。
「じゃあ自分で乗っていきゃイイじゃないか。
たまには自転車で小さな旅もおもしろそうだ。」
そんなことを思いつきました。
そして、忙しそうに車が走る師走の街を自転車で出発したのです。
どれくらいこいだでしょうか。
建物はずいぶん低くなり、荒川の堤防が見えてきました。
気がつけば、両腿もパンパンに張っています。
川を眺めながら一服つけることにしました。
あの頃、自転車に乗ってどこまでも出掛けたものです。
とは言え子供の『どこまでも』ですからタカが知れています。
花見川沿いの道を上は大和田、下は幕張というのが定番でした。
子供なりに定番へのマンネリを感じていたある日、
タクちゃんが言いました。
「今日は東京タワーに行かない?」
「遠いんじゃない?」
「こないだ京成電車から見えたもん。」
「ホント!?」
このプランは少年たちの心を大いに揺さぶりました。
2人は大急ぎで自転車に飛び乗り出動したのです。
走り出してしばらくすると、
いつもはバスで通る急な下り坂にかかりました。
「ジェットコースターだ!」
タクちゃんは、そう叫ぶと坂道に向かってこぎ出しました。
自分も負けまいと自転車を大きく左右に振ってつづきます。
「ま〜るきんじてんしゃ、ほいのほいのほ〜い!」
「た〜まきんじてんしゃ、ほいのほいのほ〜い!」
「うわははははは〜!!」
笑い声と風がごちゃまぜになって少年たちの頬にぶつかります。
その時、いつもバスが徐行して通過する大きなギャップが、
2人のもう目前に迫っていることに気がつきました。
大笑いの顔が、恐怖からあきらめの表情に変わっていきます。
間もなくそれはサドルを通し容赦なく2人の急所を突き上げました。
「ちょっとタンマ〜!」
タクちゃんに言われるまでもなく、
自分はとっくに自転車を降りていました。
「いてててて。」
「あのガッタンおっかないと思ってたんだ。」
「さっきの歌も悪かったかなぁ。」
「タクちゃんの自転車ナショナルだしね。」
「あはははは。」
あの痛みはどこへやら、いくらも休まずに2人は出発しました。
「あかる〜いナショナ〜ル!」
タクちゃんの歌が変わっています。
心なしか吹く風が冷たくなってきました。
「東京タワーって遠いね。」
「うん、近いと思ったのにね。」
2人の自転車をこぐ足も重くなっています。
「どうする?」
「ここまできたんだもん。行こうよ。」
「そうだね。」
子供にも意地があるのです。
2人は無言でペダルを踏むようになりました。
やっとのことで『東京タワー』につくと、
陽は西に傾いて遠くの空はだいだい色に染まっていました。
しばらくの間、2人は黙ったまま赤白の塔を見上げていましたが、
やがて心の中を詰まらせている何かを、
少しずつ取り出すかのようにしゃべりはじめました。
「なんかテレビで見るのと違うね。」
「人いないね。」
「これ違うんじゃない?」
「千葉タワーかな?」
「ここ東京じゃないもんね。」
少年たちは、重大な事実に気がついたのです。
そして『東京タワー』との別れを惜しむことなく、
少し急いで家路に向かったのでした。
荒川の土手に吹く風も冷たくなってきたようです。
自分は、誰に言うでもなく、
「早くしないと陽が暮れちゃうよ。」
そうつぶやくと、
千葉に向かって再び自転車をこぎはじめました。